
占いをなりわいとしている人はどんな本を読んでいるのか。あの人の考え方や視点はどうやって生まれたのか。本との出会いやエピソードとともに偏愛している本を紹介してもらいましょう。
占星術家/竹内俊二
宝物をつかむための
知恵と指針をくれる本
パウロ・コエーリョ『アルケミスト』
この企画のご依頼をいただいて、思いつく本は1冊しかなかった。パウロ・コエーリョ著『アルケミスト』(角川書店)という小説だ。
僕がこの本を知ったのは、西洋占星術に興味を持ち始めた時期と重なる2006年のことである。そのとき僕は、石井ゆかりさんのウェブサイトの星占い記事の熱心な読者だった。彼女の最初の著書である『星栞』(幻冬舎コミックス)のあとがきに『アルケミスト』の中の言葉が引用されていたのだ。
人が本当に何かを望む時、全宇宙が協力して、夢を実現するのを助けるのだ
引用:パウロ・コエーリョ『アルケミスト』(角川書店)
『アルケミスト』は、羊飼いの少年サンチャゴが自分の夢の中で見た宝物を見つけるために、アンダルシアの平原からエジプトのピラミッドを目指して旅をするという物語だ。その途中で少年は様々な人に出会い、知恵を学び、挫折を克服し、成長していく。
この物語に対する、その頃の僕の入れ込み具合はなかなかのもので、大げさに言うと世界の見方が変わってしまったようだった。どこかに隠されている自分の「宝物」や、そこに近づくための不思議な「前兆」が、実際に存在するという視点で世界をとらえるようになったのだ。
なぜだかわからないが、僕にはこの物語が単なるフィクションには思えなかった。重要な法則や人間の真理が書かれている“本物”だと強く信じていたので、ごく親しい人にはウザいくらいにおすすめして回っていた。
この本に出会ってから、僕は自分の「宝物」や「運命」が何なのかを知りたくてたまらなくなった。
最初は『アルケミスト』の物語の中に答えを探したが、あまりうまくいかなかった。物語の言葉はしばしば示唆的で、すぐに実感としてわかる箇所もあれば、全くピンと来ない箇所もあったからだ。(後者の割合のほうがずっと多かった)
しかし、何年か経ってから久しぶりに本を開くと、強く訴えかけられる箇所が違ったり、わからなかった箇所の意味がわかるようになったりしていた。景色がより鮮明に感じられた。それは、僕が主人公の少年のように「前兆」を正しく読み、知恵を学び、「宝物」に近づくことができた証拠だった。そのようにして『アルケミスト』は僕の物語になっていったのだ。
占星術に出会ったばかりの頃に『アルケミスト』の言葉や思想に触れられたことは、とても幸運だったと思う。この物語を通して僕は、占星術の非常に細かい知識や技術を用いる前提となるような、自分専用の「世界の設定」みたいなものを形成していった。
それを一言に集約するなら、冒頭の引用文のようになる。これがお気に入りだった。僕は願いや夢を語る人の話を聴くことが本当に好きだったし、そこから生じる力の相乗効果のお陰で、適切に星を読むことができると感じていた。
しかし、ここ1〜2年の僕は『アルケミスト』の言葉を嫌いになりつつあった。占星術の細かい知識が増えるにしたがって、「願えば叶う」といった単純すぎるご都合主義的ポジティブ思考に浮かれていた過去の自分を、恥ずかしく思うようになっていた。仕事に関しては明らかに停滞期だった。
ただ、この本は僕にとって特別なもので、完全に忘れ去ってしまえるものではなかった。そして今も、現在進行系で自分に必要な知恵と指針を与え続けてくれている。僕が宝物に近づいているのか、それとも遠ざかっているのかを教えてくれるのだ。
今回、こうして原稿の依頼をいただいたという出来事も、何か重要な「前兆」だと考えずにはいられない。「原点に立ち戻れ」というメッセージではないだろうか。図らずも、それは僕の今年のテーマであった。ネタバレになるので詳しくは書けないが、『アルケミスト』のラストシーンを思い出すと、偶然の一致にまたしても驚かされる。
2022-10-30