「性癖」を決定づけた作品/サブカル系占い師・日下ゆに

占いをなりわいとしている人はどんな本を読んでいるのか。あの人の考え方や視点はどうやって生まれたのか。本との出会いやエピソードとともに偏愛している本を紹介してもらいましょう。

サブカル系占い師/日下ゆに

「性癖」を決定づけた作品

山岸涼子『日出処の天子』ほか

今は店をたたんでしまっているが、私の実家は江戸時代創業の書店を営んでいた。本が身近にあったおかげか、字を読めるようになったのはわりと早かった。年長くらいには、絵本の世界に物足りなさを感じて、興味の対象が漫画に移行していた記憶がある。

自宅の本棚にあったもので覚えているのは、庄司陽子の『生徒諸君!』(講談社)と水島新司の『ドカベン』(秋田書店)。ルビがふってあるので、それで漢字を覚えていた。

小学校に入学してからは『りぼん』(集英社)の愛読者になった。これは単なる自慢だが、さくらももこや矢沢あいの投稿時代を知っている。この頃は、性根のいい主人公が、がんばることで好きな人と結ばれたり勝利を手にしたりする世界観を素直に楽しんでいた。

※写真は「山岸凉子『日出処の天子』古代飛鳥への旅 (別冊太陽 太陽の地図帖)」(平凡社) ※写真は「山岸凉子『日出処の天子』古代飛鳥への旅 (別冊太陽 太陽の地図帖)」(平凡社)

中学に入ってからは、友だちと漫画の貸し借りをするようになり、世界が一気に広がった。

あれは、忘れもしない中学2 年の冬。M ちゃんが貸してくれた山岸凉子の『日出処の天子』(白泉社)との出会いが、私の趣味嗜好を決定づけたと思っている。私の中ではB.C/A.D くらい大きな出来事である

『日出処の天子』はおおざっぱに言うと、主人公の聖徳太子は超能力者かつ地位や名誉、頭脳も美貌も人望をも兼ね備えた人物なのだが、同性愛者で愛する人から愛を返してもらうことはないという話だ。

ストーリーはもちろん、少女漫画とは思えない、アールヌーヴォーを思わせる色調にヒリつくような細いタッチの絵と四角いフキダシ。私がこれまで読んできたものと全然違って、レベルが高そうというのが第一印象だった。

しかし、読み始めるとすぐに、この作品のもつ魔性のようなものに捕らえられることになった。全体を通して流れる妖しく不穏な空気と緊張感。ページをめくる手が震え、息が詰まる。ハラハラして息が詰まるのではなく、内蔵を下からえぐられるような苦しさの混じった息の詰まり方なのだ。

出会った当時、「完結していて本当によかった。連載がリアルタイムだったら勉強とか手についてないわ、これ…」と心底ホッとしたものだ。

ちなみに、これ以降、「顔立ちが美しく能力は高いけれど、家庭環境が複雑ゆえにひどく感じの悪い男が、ただ一人の相手に徐々に心を開いていき、最終的には忠誠心にも近いような献身的な愛を捧げる」という二次元における性癖が私の中に爆誕したので、手遅れだったのかもしれない。

この作品から山岸凉子にハマり、作品はすべて読んでいる。

私を構成する要素のかなり多くは漫画由来なのだが、その中でも4割近くは山岸凉子成分で占められているのではないだろうか(ほかにも岡田あーみん、根本敬、吉村明美、川原泉、冨樫義博などたっくさんいるけれど、それはまた別のお話)。

初撃の出会いは通過点に過ぎず、現在に至るまで、山岸凉子からは重たいテーマを投げかけられ続けていて、私は呻きながら痛みをこらえながらそれを正面から受け止めてきたつもりだ。

人の持つ闇と向き合う。それが結果的に私の占いのスタンスに直結していると思っている。 特に私の人生に大きな影響を与えている作品は、3つある。

『天人唐草』(文藝春秋)では、発狂した主人公が「ぎえーーーーっ」と奇声を上げながら登場するインパクトだけでなく、価値観や人生の決断を他人に委ね続けることの恐ろしさを喉元に突き付けてくる。

『天人唐草』

『負の暗示』(※『神かくし』(秋田書店)に収録)では、我が国の犯罪史上でも凄惨な津山三十人殺しの犯人、都井睦雄の凶行に至るまでの経緯と心情を精緻に描いている。
これは極悪人や精神異常者が起こした事件ではなく、都井睦雄は我々の心の中にいるのだと警告を出す

『テレプシコーラ』(KADOKAWA)では、バレエという一見優雅で崇高な題材に、貧困と性的虐待、いじめによる自殺までからめて、「才能とは何か?」を問いかけてくる。本当に容赦がない。

『テレプシコーラ』

重たいテーマは、受け取るほうも痛いが、送り手である山岸先生の精神力、体力の消耗はどれほどのものであろうか。

無理はしないでほしい反面、いつまでもお元気で、私に「レベレーション」を与え続けていただきたいと願う複雑なファン心理である。

プロフィール

日下ゆに(くさかゆに)

日下ゆに(くさかゆに)

サブカル系占い師。福岡の書店に生まれ、中学校から大学まで女子校で育ったロスジェネ世代。バンドブームの直撃を受け、価値観の基本は小さい判型の頃の宝島と少女漫画という根っからの文化系。編集者、ライターを経て結婚(夫は掟ポルシェ)、出産後、故まついなつき先生に憧れ占いを学び始める。使用占術は、西洋占星術、タロット、手相、易、水晶リーディング。サブカルの聖地、中野ブロードウェイにあった「中野トナカイ」、横浜中華街、原宿占い館タリムに出演。その後、家業を継ぐため福岡へ戻り書店経営に携わる。現在は、東京へ戻り、対面鑑定、イベント出演、配信をメインに活動している。

HP:https://kusakayuni.com/

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