

2021年12月9日
素知らぬ顔でずっと書き続けていれば原稿料だけもらえるかもと思って、あえて自分からは触れなかったのだが、さすがにここらでひと区切り。
今回で最終回だ。
正直、本を書きあげたら出版日記なんてもう書くことがないだろうと思っていたが、意外にも脱稿してからの1ヶ月間もなんやかんやと忙しくさせて頂いた。
出版当日、ザッパラスの方に同行してもらい、都内の書店を巡った。
ぼくの本が並んでいそうな大型書店さんに直接足を運び、この本の著者であることをお伝えして許可を頂いたうえで、店内に並ぶ本の写真をSNSにアップする試み。
本屋さんまで行って、「実は出版自体ウソでした~!」というドッキリである可能性も数パーセント頭に入れておいたのだが、もちろんそんなこともなく、ぼくの本は出版の日の目を浴びることとなった。
自分の本が平積みにされている様を肉眼で確認するのはやはり嬉しいし、ここまでの数ヶ月間が報われたという気持ちに包まれ、もう自分ができることは何もないという達成感に包まれたのも束の間だった。
東京の丸の内MARUZENさんにお邪魔したときのことだった。
お忙しい中、著者であることをお伝えしたところ、店員さんから「手書きのPOPを頂けませんか?」とのお申し出を受けた。
よく本屋さんにあるやつだ!
あれを自分で書いて本屋さんに置いてもらえる。いっぱしの作家みたいだなと満足感にひたった次の瞬間、もうひとつの思いが脳内を駆け巡る。
「何書けばいいんだろ・・・」
手書きのPOPサイズに書ける分量は決まっている。
そこに必要なのは著者としてのぼくの思いなのか、本の見どころなのか、それとも全然別の何かなのか、その場では判断ができなかった。
「書きたいことはすべてこの本に書いてあるので、特にここに書くことはありません」みたいに天才感を爆発させて、一部の層から伝説的人気を博そうかとも考えたが、ぼくがお店を出るころに撤去されそうなのでやめておいた。
POPは頑張って書かせて頂いたし、そのときの率直な思いをつづれたが、もっといいコメントが書けたのでは、とも思う。
その後、いつもお世話になっている幕張イオンモール劇場の下の階の蔦屋書店さんで、サイン本を書かせていただく。
この劇場の占いライブでの経験がこの本に生きている。そこに近接している書店さんにサイン本を置かせてもらえることは非常に感慨深い。
そこでサイン入り色紙に「何か一言」書くことになった。
ここで気づいた。
執筆とは、出版後に求められる「何か一言」まで含めた作業なのだと。
これはまったくムチャ振りでもなんでもない。
書店員さんたちは、ぼくの本を、ぼくのことを全く知らない人の手に取ってもらう動線として、POPのコメントを活用しようとしてくれている。
サイン入り色紙やPOPのコメント書きを経験して、本の帯や冒頭に書いてあること以外でどんなことがいえるか、ここも含めて本を世に出すことなのだと実感した。
この工程は芸人でいう「つかみ」のようなものといえる。
自分のことを知らないお客様に、数秒で自分の売りとキャラクターを伝えるにはつかみとなるギャグや一発芸が必要で、これがないと芸人は売れない。16年売れていないぼくがいうのだから信頼に足るだろう。
ありがたいことに、この幕張イオンモールの劇場では新春の寄席に来ていただいたお客様に抽選でぼくの本が当たるという企画を行ってもらえた。
抽選コーナーではぼくも舞台に上がった。ここでもMCの方に「この本はどんな内容なの?」と聞かれることが多かった。さすがにこの頃になると自分の中でこの本の「つかみ」のようなリコメンドができてきて、答えに窮することはなくなってきたが、家でふと本をパラパラとめくると、「ここについてこう言えばよかった」と思うことがいまだに多々ある。
こんなふうに自分の本の売りを端的に言語化することは、ホロスコープを読むことに似ていると気がついた。
ホロスコープを読むことは奥が深いし、多面的・多層的に読み進めるべきなのだが、鑑定に来たお客様に限られた時間でその方の傾向をお伝えするには、まずはホロスコープの目鼻立ちをつかんで何か一言、手短に伝えることが肝要。
この「何か一言」はお笑いでいう「つかみ」であるとともに、占いでいうホロスコープ読みでもあったといえる。
試しに、本がこの世に生を受けた発売日のホロスコープを読んでみる。
いて座の太陽と水星を持っているのは、いて座的なここではないどこかを目指し、未知なる好奇心を言語化することを示している。なんとなく自分の居場所がわからない人の精神的な旅のガイドブック的な本ということ。
占星術の技法自体はスタンダードで伝統的な使い勝手の良いやり方で、さらに本の中でけっこうクラシックな映画を紹介しているのは、やぎ座の金星っぽい。
さそり座の火星は、この本に「絶対にこれだけは書かせてもらいたい」という静かな執念が秘められていることを暗示している。
なんか、うまく言えている気がする。
自分の本をどうおすすめすればいいのか迷う前に、最初から可愛いわが子である本の出生ホロスコープを読んでみればよかったのか。
本を出すということは、その後の自分のおすすめコメントによる売り込みまでをも含む。
つかみが面白くない芸人が本ネタを見てもらえないのと同じく、世に数多ある出版物の中から自分の文章に時間を使ってもらうための売り込みは、本そのものと同じくらい重要な意味を持つ。
自分にとって大切な人のホロスコープは、自分のものと同じくらいの熱量で読むことができる。それと同じく、血肉を分けた我が子のような本をおすすめするときは、自分を語るような言葉で表現し、本当に伝えたいことを、自分のことを知らない人にまで届くようにするべきだと思う。
今なら、この本を購入しようか考えている人に、自分の心からの言葉を届けることができる。その言葉を以って、この出版日記の締めとさせて頂こうと思う。
「メルカリでは買わないでください!」
2022-02-03