どん底の私に差し込んだ一条の光/真木あかり

占いをなりわいとしている人はどんな本を読んでいるのか。あの人の考え方や視点はどうやって生まれたのか。本との出会いやエピソードともに偏愛している本を紹介してもらいましょう。

占い師/真木あかり

どん底の私に差し込んだ
一条の光

アラン著・村井章子訳
『幸福論』

眠れない夜にきまってページを繰る本も、人生の節目節目に読んではページがばらばらになった本もあります。背筋を正すために読む詩集も、ただ笑うためだけに手に取る漫画もあります。どこへ行くにも、鞄には必ず本をしのばせて。

そんな私をかたち作った「偏愛本」をあえて1冊挙げるなら、村井章子さんの訳による、アランの『幸福論』(日経BP社)を選びます。

『幸福論』は複数の出版社からさまざまな訳が出ています。複数冊読み比べましたが、私はこの本の端正な訳が好きです。 アラン著・村井章子訳『幸福論』 アラン著・村井章子訳『幸福論』(日経BP社)

出会いは忘れもしない、遠い夏の午後のこと。

アスファルトを灼く陽光、さんざめく蝉の声があたりを満たすエネルギッシュな光景とは裏腹に、私の心は暗く沈んでいました。

新しい職場で上司が「ホント使えねー奴」と私を名指しで嘲笑っているのは、知っていました。恋人の心のなかに、私以外の人がいることも、知っていました。

どうして、自分ばかりが――

うだるような暑さに目眩がしてさまよい込んだ書店で、目に飛び込んできた『幸福論』という文字。

帯には「何事も望むのに遅すぎるということはない」とあります。

一瞬で心を奪われました。

もう人生の多くは過ぎてしまったけれど、私だって幸せになりたい。
こんな、泥沼に勢いつけてダイブしたような人生のままでいたくない。


すがりつくような気分でレジに並びました。

その日ばかりは定時でバシッと仕事を切り上げ、家まで待ちきれずにカフェにピットイン。タイトルから堅苦しい本と思っていたのですが、読みやすく示唆に富んだコピーが並びます。

あとから知ったことですが、フランス語の原題「PROPOS SUR LE BONHEUR」は「幸福小咄」的な訳のほうが近いのだそう。急にイメージが変わりますね。

「後悔とは過ちをもう一度繰り返すことである」

「人は望まない限り幸福にはなれない、だから幸福を欲しなければならない」

「悲観主義は気分に、楽観主義は意思による」

引用:アラン著・村井章子訳『幸福論』(日経BP社)

数々の断章は次々に私の心を潤し――ということは、実はなかったのです。

泥沼でねじくれた私は、もっとダイレクトな救いを求めていたのでした。

「人は望まない限り幸福にはなれない、だから幸福を欲しなければならない」だなんて、「デスヨネー」としか思えなかったのです。

だって幸福なんて、吐くほど望んでいました。全身で欲してました。

誰も私を傷つけたりなんてしないで欲しかった。 ふたまたなんてかけないで、ずっと大切にするよと言って欲しかった。 心の底から笑ってみたかったし、思ったことも言ってみたかった。

本から目を上げれば、とっぷりと暮れた窓の外にはひっきりなしに通り過ぎていく車のテールランプ。新宿のネオンは煌々と光って、行き交う人はみんなみんな、幸せそうに見えました。今、スマホが鳴ってくれたらどれほど幸福だろう。店を出ると、ぬるい夏の夜風だけが私を優しく包みました。

さて、その後の私はといえば、季節が冬に向かうにつれて泥沼が永久凍土くらいに進化しました。それでも仕事はするのが私のいいところです(自画自賛)。

ある日、手掛けていた仕事の関係で仕事部屋の本棚を見ていると、

ふと

「もう深刻ぶるのはやめてのんきにやろう」

という文章が目に飛び込んできたではありませんか。

あの夏の日、衝動買いした『幸福論』の背表紙側の帯です。 すとん、と肩の力が抜けた音がしたようでした。

そうか、私、深刻ぶっていたかもしれない。

ふたたび手を伸ばしたその日から今に至るまで、『幸福論』は私の心を丈夫にやしない続ける栄養となってくれています。

なお、「楽観主義は意思による」というアランの言葉には同意ですが、私の場合は太陽星座である射手座の影響でもあるかなと、占い師としては思いたいところです。

今では、ちゃんと笑えています。

著者プロフィール

真木あかり

真木あかり

占い師。フリーライター兼会社員を経験したのち占いの道に転身、占星術や四柱推命、タロットなどの占術を使用し、執筆・鑑定を行っている。『タロットであの人の気持ちがわかる本』(説話社)、『2022年上半期 12星座別あなたの運勢』(幻冬舎)や「SPRiNG」(宝島社)、「SPUR」(集英社)など、著書・連載・アプリ監修多数。

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まりこ
まりこ

遅すぎることはない、私もまた幸福を渇望しています。数十年間 泥沼にいることに気づかず、気づいてもがいても抜け出せずにいます。Twitterで心に響く言葉で勇気づけられたり、奮い立たせたりしても、ふとしたことで泥沼に沈みかけてしまう。あと少し、あと少しのところで真希木さんのコメントに出会いました。読んでみます。心から自分を受け入れて愛せるように、比較しないで、心から安心できるように。

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