
対面鑑定、電話やチャット占い、テレビの今日の運勢、スマホ越しに見る占いコンテンツ、占い記事や占術の本……。さまざまな形で届けられる占いの裏側では、多くの人が働いています。わたしたちの目に触れる占いはどのようなプロセスを経てつくられるのか、その過程での工夫や苦労はどういったものなのか。占いの裏方仕事をお伝えします。

「ユリイカ」2021年12月臨時増刊号 「総特集 タロットの世界」の裏側
11月1日、文芸誌『ユリイカ』(青土社)の増刊号として発行された「総特集 タロットの世界」。
研究者、製作者、占い師といった各分野のスペシャリストが、タロットの歴史背景やカルチャーなどの論考を寄稿しており、好調な売れ行きを見せています。また、少女向け雑誌『Jotomo(女学生の友)』(小学館/1977年に休刊)1976年8月号の特別付録として制作された漫画家・萩尾望都さんデザインのタロットが、45年の時を経て復刻し、同誌に再録されていることも話題です。
今回、同誌の責任編集をつとめた鏡リュウジさんと、担当編集の青土社・篠原一平さんにお話を伺いました。
専門誌として
異例の
発売前重版

発売から1ヶ月経ちましたが、すごい反響ですね。
鏡ここまでの論集はおそらく占いに詳しい皆さんも想定外だったと思います。占い関係者以外の方にも注目していただいたようで、おかげさまで発売前から重版が決定しました。このような専門性の高い内容でこれだけ話題になるというのは異例ではないでしょうか。
篠原鏡さんがSNSで宣伝してくださったおかげで、発売前からAmazonに予約が殺到して、一時は注文不可になったほどでした。そのようなことが起きたのは初めてです。
過去にもタロットの論集を作られたことはあるのでしょうか?
鏡僕はもちろん、初めてです。かつてタロットを中心にしたムックなどはあるにはありましたが、どうしても「占い」の内容が厚くなってしまって。今回のような本格的な論集は日本で初めてで、海外でも例は少ないと思います。
鏡さんは同誌の責任編集として、どのような作業を行ったのでしょうか?
鏡まず青土社さんに企画を持ち込んで、通していただきました。その段階では主な執筆者を考えて、どのようなことをお書きいただくかを考えていたんです。そしてそのほか、執筆者の皆さんへの依頼内容を決めて依頼状をお送りして、原稿を読ませていただいて。これまでは執筆する側でしたが、今回初めて編集企画という立場で原稿を待つ側に回りました。
占い専門誌によくあるハウツーは一切なく、あくまでも論集という形なのですね。例えば、今回さまざまな女性誌に登場している占星術師で占いライターの石井ゆかりさんも寄稿されていますが、女性誌とはまた違った内容を書かれていて、新鮮に感じました。
鏡もうこれは本当にありがたいとしかいいようがないです。僕とご縁があった方々に無理をいってお願いしました。この執筆陣の豪華さ、そして内容と濃度、全体のバランスなど、自分でいうのもなんですが本当に奇跡のような号になったと思っています。
「ユリイカ」
タロット特集を
出した経緯

そもそも同誌を企画したきっかけは何だったのでしょうか?
鏡西洋魔術研究家の江口之隆先生にお聞きしたいことがあり、久しぶりにメールを出した際にいろいろとご教授頂けたんですね。そのときにひらめいたのが単行本でのタロットの論集企画だったんです。江口先生のほかにタロットにものすごくお詳しい夢然堂さんや伊藤博明先生、伊泉龍一さんらのお力を借りればすごい本ができるぞと。そこでお世話になっている青土社さんにご相談しました。
篠原鏡さんにお話をうかがって、とても素晴らしい企画だと思いました。単行本よりも多くの方に読んで頂ける雑誌という形にしたいと思い、「ユリイカ」での特集をご提案させて頂いたんです。
鏡たしかに雑誌の方が寄稿する皆さんも参加しやすかったり、雑誌でしかできないこともあったりすると思いました。なんといっても「ユリイカ」ブランドを使えますからね。特集が決定して、まず江口之隆、夢然堂、伊藤博明、伊泉龍一の各先生にお声がけしたのですが、皆さんすぐに承諾くださったんです。企画を通したのが7月で、8月末には原稿締め切りというスピーディーなスケジュールでした。
鏡さんから見た
「4人の専門家」の
魅力
最初にお声がけした4名の方々は、鏡さんにとってどんな魅力があるのでしょうか?
鏡伊泉さんは西洋の占いに関して日本のトップレベルといえる知識を持った方です。僕とも長いお付き合いで、占いのスタンスも近い。彼は、占いとは非科学的で意味がないことを理解しつつ、その上で楽しめることもよく知っている。それから、アメリカの文化や映画、SFなどにたいしての造詣も深い。今回は伊泉さんが大変お詳しい、ポップ、カウンターカルチャーにおけるタロットの影響について書いていただきました。これはふだん「タロットなんて」と思っておられる方にも刺激的な内容だと思いますよ。僕も知らないタロットも出てきてびっくり。
江口之隆さんと伊藤博明さん、夢然堂さんはいかがでしょうか?
鏡江口さんは魔術結社「黄金の夜明け団」の世界的な研究家で、僕も高校時代からの大ファン。タロットでは「ウェイト・スミス版」についての研究で世界的な権威でもありますよ。
伊藤教授は学際的な研究者でとくにルネサンスの文化、とりわけ図像学の権威です。今回はルネサンスのタロットについて非常に素晴らしい原稿を書いて頂きました。
夢然堂さんはTwitterなどでも活躍されていますが、僕なんかよりもタロットについてはるかに詳しい方。今回はマルセイユ版の細かな歴史を書いて頂きたくお願いしました。また、日本へのタロットの受容史についてもお書きいただきました。ほかに貴重なタロットの図版もたくさん。これだけのことを書ける人は夢然堂さんしかおられません。
ほかにも今野喜和人先生や武内大先生、千葉雅也先生などの論考も深い。タロットに関するアンソロジーでこれだけ大学の教授が筆を取ったというのも珍しいでしょう。
こうした硬質な論考を軸として、クリエイティブにタロットにかかわっておられる方からもすごい原稿をたくさんいただきました。ミュージシャンのニシーさん、声優の蒼井翔太さん、そして天野喜孝さんなどなど。もちろん、海外の方からも。改めてご寄稿いただいた皆様には感謝しきれません。
ちなみに、篠原さんから見た鏡さんの魅力はいかがでしょうか?
篠原鏡さんは占いを多角的かつ魅力的にお伝え頂ける方で、占いの世界だけではなくアカデミズムの世界とも交流をお持ちです。あらためて本特集は、そんな鏡さんにしかお作りになれないものだと感じました
日本における
タロットの
「ホームカミング」

現在、タロットがトレンドになりつつありますが、同誌はこうした流れに合わせて制作されたのでしょうか?
鏡もちろんそれも頭にはあったのですが、タロットの日本での故郷のひとつが青土社、そして『ユリイカ』にあると思い出したことが大きいですね。
青土社は澁澤龍彦や種村季弘といった幻想文学作家の本を出版していることで知られていますね。『ユリイカ』は歴史ある文芸誌です。こうした幻想文学者らが日本にタロットを紹介した立役者なんですよ。
今ではタロットはいわゆる「占いの館」に見られるような、世俗的かつキッチュな「占い」というイメージがついていますが、そもそも青土社的な、もうひとつのヨーロッパの精神史、カルチャーのアイコンとして入ってきたわけで、そういう意味では今回の企画は日本におけるタロットの「ホームカミング」のようなところがあると思います。
篠原タイトルに「タロット」が入った日本で最初の本は、種村季弘さんの『錬金術 タロットと愚者の旅』で、弊社から刊行されたものです。澁澤龍彦さんに『ユリイカ』で連載頂いていた際には、タロットについて触れて頂いたこともあります。日本でのタロットの黎明期にて一定の役割を果たしてきた弊社から、今回の特集を刊行させて頂けたことは大変ありがたい話でした。
日本のタロット文化が蓄積されて、ようやく一つの域に達成したのが現在のタロットブームにつながるのでしょうか?
鏡そうですね。タロットに関して世界的にアカデミックな研究が蓄積され、それを我々が目にするようになったタイミングが今というわけです。10年前だったらこの特集は組めなかったと思います。
占い初心者は
ここから
読んで欲しい

同誌で占い初心者の方にもわかりやすいコンテンツを挙げるとしたらどれでしょうか?
鏡僕が書いた「はじめに」をガイドにしてもらって、伊泉さんとの対談を読んでもらうとわかりやすいんじゃないかな。この号は、概念的には難しい内容はほとんどないのですが、情報量がかなり多いので、少しずつ消化していってもらえればと思います。全くの初めての人はこの号だけだとちょっとハードルが高いかもしれません。まずは拙著『タロットの秘密』(講談社現代新書)を読んでいただくのがオススメです。
これまでのタロット研究の蓄積がかなり見通せる内容ですものね。
鏡そうですね、今後何年も使えるような資料にもなっていると思います。企画者としていうのもなんですが、これは歴史に残る出版物の一つになったと思っているので、本当にお手元に置かれることをおすすめします。
装丁やデザインに色が一切ないというのも、なかなか攻めている印象です。
鏡いかにも“タロットの本”というビジュアルではなく、学術ジャーナルのように見えることを意識し、白を基調にストイックなデザインをお願いしたんです。デザインがオカルト的だったりファンタジックだったりすると逆に目立たないと思いました。逆張りをしたかったんですよね。
タロットは
豊かなカルチャーの世界と
繋がっている
同誌で鏡さんが一番伝えたかったことは何でしょうか?
鏡オカルトっぽい怪しい遊びに見えるタロットが、実はこんなに豊かなカルチャーの世界と繋がっているんだということがわかってもらえたら嬉しいですね。
それで今回、音楽をはじめとしたさまざまなカルチャーと関連する記事が多かったのですね。
鏡歴史的なことを考えても、ルネサンスの文化とタロットは繋がっている。それを踏まえて、タロットはインテリジェントに扱える対象であるというのも伝えたかったんです。そういう意味では僕1人では無理だったので、詳しい方々に心おきなく書いて頂けてありがたいなと思います。
虚構性を通して
現れる創造性に
心を開く
最後に、カルチャーとしてのタロットの今後について期待していることを教えてください。
鏡占い全般に言えますが、一周してみることは大事だと思います。タロットってそもそも創造的誤読の積み重ねなんですよね。本来遊戯の札だったものに神秘の衣が次々に重ねられていった。そういう意味ではタロットの「教え」に真実などないんだけれど、それでもなお、面白いし豊かです。
そもそも文化って究極的にはそういう虚構性の上に成り立つものでしょう? 占いを本当の意味で楽しむためには、そういう虚構性を通して現れる創造性に心を開くことが大事になると思います。その意味でタロットはもっともよい素材になるんじゃないかな。
11月に「東京タロット美術館」がオープンするなど、世間でタロットの注目度が高まっている中で刊行された同誌について「残っていくものを作りたかった」という鏡さん。新たな占いのバイブルとして、今後読み継がれていく一冊になると確信したインタビューでした。
2021-12-16